勝負運光るミスターゼロ
シーズン成績 打率.240 5本 14打点
日本プロ野球史上初めて背番号0を付けた選手。広島時代には抜群の勝負強さと好守でゴールデングラブ4回、日本シリーズMVPを獲得。1991年オフに音重鎮・山田和利とのトレードでドラゴンズへ移籍すると、6番センターで開幕スタメンを奪取。2割後半の打率で好調をキープしていたものの、6月8日の大洋戦での守備中に右膝靭帯・半月板損傷の大怪我を負い*1、残りのシーズンを棒に振ってしまう。高木守道新監督が就任した翌年は序盤はスタメンで起用されたものの、清水雅治の台頭やアロンゾ・パウエルの加入もあり中盤以降は主に代打としての出場が増加。前年を上回る5本塁打を放ったが、オフには宇野勝と共にトレードでロッテへと移籍することとなった。
【査定について】
大怪我の影響:走力D 盗塁E 慎重盗塁 ...歩けるようになるまで半年かかったという前年の右膝の故障。本人は走れるようになっても以前の感覚は戻らなかったと語っている。数字の面で如実に現れているのが盗塁企図数で前年5から1に減少し、翌年以降も引退まで3回しか盗塁企図していない。盗塁も以前のように出来なくなったと予想。
大怪我の影響:打撃...右膝の故障は打撃面にも影響があり、膝を捻って使う打撃が出来なくなり打率を落としたようだ(ロッテに移籍した翌年は打率.162の大不振)。得意の野手の間を抜いていく打撃も影を潜めたと予想し併殺を追加(実際、故障前に比べて併殺率も上がっている)。
逆境...往年の勝負強い打撃を表現。決勝打、満塁男、サヨナラ男、意外性などとも迷ったが故障から復帰したことも含めてこれが似合う。
対エース 調子極端...本人もコラムで語っている通り、相手が強いほど燃えるタイプ。逆に相手が弱いと燃えない。
チャンスD...得点圏打率.214と少し低いが下げるほどでもないかな。
【ひとこと】
故障後ということもあってかなり悩みました。東スポWebのコラム「ゼロの勝負師」面白いのでオススメです。
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